雲行きが怪しくなったのは、その後です。さきほどの看護師さんが再び来られ、
「部屋を探したんですが、今、どこも満室なんですよ。ご主人はお昼に迎えに来られませんか?」
「仕事がありますから、夜しか迎えに来られないんですけど…」
「だけどお昼に部屋を出てもらわないと、次の方の入院も手術もキャンセルになりますので」
そんな病院側の都合を前日に言われても、という気になりました。
「じゃあ、もっと早くそう言って欲しかったです。それなら明日の仕事の予定も変更できましたけど
退院前日の午後に言われても、仕事の予定は変えられないですし」
「お昼に退院になることは入院案内にも書いてありますけど」
そう言われても、入院案内は20枚以上の書類と一緒に渡され、しかも冊子だったので全部は読めていませんでした。
「でも入院案内の説明の時にも、そんなことは言ってもらえませんでした。
そういうことなら、 本来は事前に説明すべきじゃないでしょうか?」
でもまあ、そんなことを言っててもらちがあきません。 気を取り直し、聞きました。
「じゃあ、 どうしたらいいんですか?どこか退院まで、待てる場所はありませんか?」
「部屋がないので、1階のラウンジ(待合)しかありませんけど」
迷いのない言葉に、私は自分の耳を疑いました。
「…じゃあ、お昼から夜まで6時間以上もラウンジで待つんですか?」
術後の身ですよ?ウイルスをもらって風邪をひくのは確実でしょう。
病院の都合を優先させるにしても、そんな対応はないでしょうと思いました。
「ご主人にもう一度連絡を取って、お昼に迎えに来られないか聞いてみてください」
「それは無理です、仕事がありますし」
「でも一応、聞いてみてください」
そう言い切って、看護師さんは出て行きました。 迎えに来てもらえないのに、部屋は出なきゃいけない。普通の患者さまならここまで言われたら明日の昼、「仕方ない」と無理をして、一人で荷物を運んでタクシーで帰られるのでしょう。
看護師さんが退室した後 途方に暮れていると、お見舞いに来て黙って聞いていた中村が
「筒井さん、今夜、ご家族がいらっしゃるんでしょう?その時に退院するわけにはいかないんですか?」と言うではありませんか。目からウロコ、救いの手を差し伸べられたように感じました。「そうだ!今夜、退院しよう!」。もう内診も終わり、退院を待つだけなのですから。
病院は明日の午前に私が退院して、午後別の人が入院すれば、効率の良い医療収入が得られるのです。確かに、大変良い治療をして頂いたことには感謝していますが、大荷物を抱え、風邪をひくリスクを冒してまで半日も待合で待つなんて、真っ平ごめんです。
その後「4人部屋が空いたので、明日の昼前に移ってもらえますが」と言いに来た看護師さんに「それも大変なので、今日退院したいです。できますか?」と告げると「じゃあ先生に聞いてみます」となり、無事先生からもOKが出ました。夫にも連絡して「急だけど、今夜退院することになった」と言うと、「じゃあ医療費の支払いは振り込みにしてもらったら」とアドバイスしてくれました。
こうして急転直下、私は予定よりも1日早く退院することになったのです。きれいで気持ちの良い個室、日頃の丁寧な対応は患者としての尊厳を感じられ、精神的にまったく落ち込まずにすんだことは感謝でした。
ちなみに入院費は個室料(6万6千円)を含めて、15万5千円ほどでした。12年前の腹腔鏡の手術時の医療費が1週間で11万円(個室料を含まず)でしたから、支払額としては助かりました。
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