第698回 「海辺の短編小説、っぽく。」
5月26日 (中村 覚)
四万十市に取材に行った帰り、少し時間に余裕があったので、2年前に一度来て好きになった場所へ 寄り道してみました。幡多方面の景色といえば「海」ですが、その海の懐の深さをゆったりと満喫できる そんな場所です。簡素な小屋があり その横は人の集まる休憩所になっています。雨風にさらされ続ける手製の椅子は座る人を選ばず、ずぅ~っと前からここにあった雰囲気です。前に広がる海には数人のサーファーの姿も。
小屋の横では女性のサーファーが一人、海を眺めていました。波をうかがっているのでしょうか。自然と景色に溶け込む様は、ここが初めてではない証拠?ただ、自分勝手な言い方ですが、彼女は先客。良い場所を先に取られた感が少々…(笑)
「それでは後ほど」と ひとまず、海岸沿いに車を走らせ 辺りを散策。かなり波が引いているようです。空の雲もちょっと独特? 筒井がこれらをカメラに収めます。
しばらくして、元の小屋に戻ってくると誰もいません。これでやっと一人占めです。
と言っても 真夏並みの強い日差しのため、クーラーの効いた車から出る気にはなれません。すると筒井が外から「風が写り込むこの景色は良いね」と言うのです。「無色透明の風が写り込むんですか?」と素朴な疑問を返します。すると「ほらね」と屋根に取り付けられた黒い布を指差すのです。あぁそういうことなんですね。強い太陽にやられて朽ちながらも、風で大きく波打つ様は躍動感に満ちています。
私は車内から(筒井さん、カメラ、好きだよなぁ、予備の電池も持ち歩いているし)と思っていると、「あのベンチに座って」と言われました。どうも写真というのは人物が入っている方が良いみたいです。それに私になら いちいち「撮っていいですか?」と許可を取る必要もありませんし。(笑)
車から降りると 案の定「暑っ!」と同時に潮の香り、やっぱり外に出ると体感が違います。言われた通り木のベンチに座って海を眺めながら、「そうや 前回 来た時は 車から降りずじまいだったなぁ」と。ものぐさになるといけませんね。
パシャリ、パシャリと何枚か撮ってもらっている時です。自転車に乗った地元のおじさんがやってきて、笑顔で唐突に横の椅子に座り「~いや、それでさっきの話の続きやけどね」と言わんばかりの勢いで会話が始まりました。瞬間、場の空気はピークを迎えます。初対面の垣根はどこ?(笑)
目の前の海で取れる魚介類の話や、3日後の漁に備えているご自身のこと、近所に住む友達のことなど 次から次へ。タバコを吸いながら身近な話題を楽しむ「昭和の男前」のおじさんは目の奥から心底 笑っています。そして 月夜はいかに明るいかという話の後に「こうやって、お兄ちゃんと ここで話すのは、2回目やね」と。
「あっ! そうかぁ、このおじさんとは今日で2回目だったのか。」~って そんなわけありません。「いや、ここには2年前に来ましたけど、その時は車から降りもせず、今日、初めてここに座っています」と答えました。すると「そうぉ?」と私の足元に寝かせてあった松葉杖をちょっと見て「前にも 杖をついたお兄ちゃんとここで話をしたけどね」と笑顔のまんまです。
この場所には、色んな人が集まるので話をする機会も多いそうです。この前は外国人のカップルが小屋でバーベキューをしていたとのこと。祭日になると道路沿いに何台もの車が停まり、磯で貝を取る人で賑わうそうです。今年のゴールデンウィークには集まっていた子供達に、「汁を飛ばすなよ」と捕ったばかりの貝をたくさんふるまったそうです。
色々話をしてもらっている間に サーファーが一人、また一人と帰って行きます。 私達もそろそろ帰らなくては。ここで陽が傾くのを待って夕陽を見たいというのが本音ですが…。「それでは」とお礼を言って車に乗り込もうとすると、おじさんも乗ってきた自転車にまたがり、小屋を後にします。 あれ? てっきり私達がいなくなったら、またタバコに火を付けて、今度こそ 一人で海を見ながらゆったりされるんだろうと思い込んでいました。 私なら きっとそうします。
車の前を一足先に帰って行くおじさんの後姿に~
「お兄ちゃん、人生 ゆったり楽しんでやあ~。」と言われた気も…。