第1105回 「追手前の神様からの宿題」
5月3日
先日、ご縁を頂き高知市の一ツ橋小学校で行われている高齢者ミニデイで『追手前伝説』のお話をいたしました。今回は70~80代という年代の方々に より親しんで頂けるよう、時計台や奉安殿・戦災など古い昭和のお話を組み立ててみました。
20数名の皆さまが熱心に耳を傾けて下さいました。私も熱が入ります。
そこで、思いがけない品物を見せて頂きました。80代のある女性の方が、亡くなったお兄様の形見の品をわざわざお持ち下さったのです。
なんと、昭和5年の卒業記念アルバムです!戦災を逃れて残っていた、貴重な品ですね。
追手前高校の校史資料室で拝見したことがありましたが、まだお持ちの方がいらっしゃったとは!
有名な善波(ぜんば)功 校長先生を中心に、先生方の集合写真です。左隣は高橋渉先生、とありますが軍服を着ているのは、いかにも当時らしい。前列一番左の方は、羽織袴で岡崎亀治書記、とありますが 何の書記なんでしょう?謎です。
そしてアルバムの中には、他にも貴重な品が。
なんと、昭和3年の学校創立50周年記念絵ハガキ(4枚セット)がはさまっていたのです!初めて見ました。
紙質は時代背景もあり、ハガキと言っても今のコピー用紙ほどの薄さですが、よくぞまあ残っていてくれたものです。
高知城を背景に、「高知城東中学校 時計台」とあり、生徒たちがたくさん写っています。当時の校舎の建築様式も伺えますね。
こちらは西門から見た校舎で、時計台の北側です。瓦葺きの平屋がいくつも建っているのに、時代を感じます。右端は、当時の講堂です。
そして、私が一番興奮したのは これです!
「校庭お手植えの松」。左から「今上陛下(昭和天皇)」「先帝陛下(大正天皇)」「梨本宮殿下」伝説の3本の松が中庭に植えられていた景色を、初めて見られたのです。中央の人物と比べると、木の大きさもわかりますね。(これ、『追手前伝説』に載せたかった…!)
大正天皇と梨本宮がお手植えなさった松は戦災で焼けてしまいましたが、昭和天皇の松は被害を免れ、大正・昭和・平成・令和と4つの時代を経てきました。残念ながら2022年、中が空洞になり危険なため伐採されましたが、およそ百年に渡って校舎を見守り続けてくれたのです。3本のお手植えの松の写真を初めて目にして、追手前ファンとしては感慨深いものがありました。この思いがけない偶然の出会いには感謝しかありません。
そして、こういう考えも浮かんできました。偶然に頼らず、県内にまだ埋もれている古い時代の追手前高校の遺物や情報を探せないか。例えばこうした交流で情報を頂きつつ、皆さんにも喜んで頂けないかと。追手前に関してはまだまだ知らないことが多く 当時のことを知るのは新たな学びになり、それはあたかも楽しい宿題のようです。そうか、追手前の神様って学校の神様ですもんね!(笑)
「実はおじいちゃんが○○を持ってるよ」など、追手前に関して古い情報をお持ちの方は ぜひこちらに情報をお寄せくださいませ。
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お待ちしております♪