第1113回 「当て逃げ。」
6月29日 中村 覚
ある晩、とても気分が良かったので意味もなく海を見に行きました。21時頃だったと思いますが、大きな道を逸れてからは外灯もほぼない暗い単調な道です。これがありがたいです。人家がないので、少しオーディオのボリュームを上げると周りの暗さも手伝い音楽への没入感も増して、朝から降っている雨も良い感じ。
海までもうちょっとという時です。前方 斜め左側から道路を横切ろうとする急な飛び出しに出くわしました。ブレーキを踏んだものの雨のため効きも悪く、「ゴンっ」と左ライトの下辺りに鈍い感触。避け切れなかったのです。
イノシシです。イノシシの当て逃げ。
「猪突猛進」と言いますが、たしかに前しか見ていない感じ。当たった瞬間は時速20㎞以下に減速していたはずですが、そんな車とぶつかったところで屁でもなかったのでしょう。そのまま直線上に道を横切り、向かいの畑に消えて行きました。
ほんの数秒間の出来事を頭の中でスロー再生したらこんな感じです。
左斜め前の暗い藪の中から「なにか動く物が…。」 犬?
だんだん近づくにつれ、大きい。1mはある! イノシシ!
ブレーキを踏む。
そっち(イノシシ)も減速して進路変更を頼む!
「ゴンっ」。
瞬間に終わった出来事の後、そのまま海へ向かいます。最初からそのつもりのドライブですから。 そうかぁイノシシも同じ気持ちか。途中でやめられないもんね。そんなことを考えていると(イノシシが無事だったこともあり)急に笑いがこみ上げます。この確率たるや、一体どのくらい? 家を出るのが、あと数秒早ければ、遅ければ。途中、コンビニでコーヒーを買わなかったら…など。
山道を走っている時など、たまに「あっ タヌキや」「あっ うさぎ」「イタチ」「キジ」など見ることがありますが、どれも数メートル先に確認できたかと思うとすぐに姿を消すのが常です。毎回 野生動物を見るだけでも嬉しくなるのですが、今回は触れることができました。車で。
そうだ、証拠映像もある。思い出として取っておこうと車載カメラのSDを引き抜きます。上書きをしながら走行中の映像を撮っていくので、今さっきの貴重な映像が消えてはたまりません。この日のためにカメラを付けておいたようなもの。カメラを付けて7年間、何の役にも立たなかったのですが、今回のことで十分な働きをしてくれます。
ところが、後から映像を見返しても写っていないのです。イノシシがいません。写っているのはライトに照らし出される夜道ばかり。大きなイノシシでしたが、それは前後に長くブ厚いといった いで立ち。低すぎてカメラに写らないのです。こんなことなら二足歩行で飛び出してもらいたかった。
この話を次の日、友人にすると「車はどうなったのか」と聞かれ、そうそう確認しようと思いながら忘れていたことを思い出しました。
案の定、車体はなんにもなっていませんでした。
元気よく走り去ったイノシシも 多分やっぱり無傷だったと思います。