第719回 「救いの手に感謝」
10月21日 (中村 覚)
「先生、わかりません!」「うん、これはね~」ある疑問を感じた時、自分で考えなくても聞けば 教えてもらえた、校舎での懐かしい日々。 大人になったら わからないことは自分で調べて、それでもわからなければ、もぅちょっと調べます。それでもわからない時には、どなたかの力をお借りするのも…。
実は 第716回、私はこの場をお借りして「言い間違い、聞き間違い」ということで、なぜ高知の郷土料理、皿鉢(さわち)のことを高知県方言辞典で「さーち」と長音で表記しているのか? もう皆目見当も付かなかったので、「どなたかご存知ないでしょうか?」と、ほとんど天にお任せするような形で文章を終えていました。
ところが本当に後日、ご連絡を頂けました。 weekly N をご覧下さっている松山にお住いの玉岡さんという方が「さーち」表記について、大変わかりやすくご説明して下さいました。今までコラムを書いていて、こんなに嬉しかったことはありません! お会いしたこともない方からメールを頂けるなんて、私の人生観の守備範囲を飛び越えています。
玉岡さんは言語学を学ばれたということで、頂いた文章をそのまま皆様にご紹介させてもらいます。
皿鉢ですが、表記から言っても、おそらく最初の発音は文字通り「さらはち」だったのだと思います。以下ローマ字で説明します。そのほうがわかりやすいので。 sarahachi ところが、「ら」の音は発音しにくいので、saraの「r」音が欠落したのでしょう。この発音しにくい、しやすい、というのは、言葉の並びの前後関係によって変わってきます。要するに口の開け方が、スムーズにいくように、ということがその大きな理由です。 r音が欠落して、saawachiになって、前のa音が重なることで無くなります。これで、sawachi です。ところが「w」の音もやはり発音しにくいので、欠落します。そうなるとsaachiです。 そして「さーち」。言葉は言いやすいように変化をします。
私はこのローマ字表記によるご説明を拝見して、とても納得致しました。今後 誰かとこういった言葉について話すことがあれば、是非、真似をさせてもらいたいと思っています。
また、「さーち」以外のお話も伺えました。
例えば、「沢田さん」という時に、正しくは「さわださん」のはずですが、私たちは、「さーださん」と無意識に言っていたりします。「わ」は口を大きく開けないといけないのですが、それは発音しにくいので、「わ」の「w」を省略しようとします。「さーださん」と言ってそれで普通に意味が通っているではありませんか?
おっしゃる通りです。歌手の沢田研二さんを子供の頃から「さーだけんじ」と何度言ってきたことか。
それから。実は学術的には「土佐弁」という方言はないのです。どうしてかと言えば、ちょっと考えるとお分かりいただけると思うのですが、高知市の方言と、旧中村市の方言(幡多郡方言)は異なります。また室戸の方言と、須崎の方言は同じか、と言えばやはり異なると思うのです。方言はあくまで地域で話されていた言葉であって、土佐一国、というような大きなくくりでひとまとめにしてはいけない、という考え方なのです。 テレビを見ていると、芸人さんが、よく関西弁という言い方をしていますが、 関西弁というような方言も、実は存在しません。ちょっと考えるとわかるのですが、大阪の方言と神戸の方言と京都の方言でさえ全く違います。大阪と神戸なんて、わずか電車で20数分の距離ですが、それでも方言は変わります。
私は目から鱗でした。考えてみるとおっしゃる通りです。でも今まで考えたこともなかったのが実状です。もちろんこの先も便宜上、土佐弁や○○弁という言い方をすると思いますが、こういった事を知っているのと知らないのでは、会話の土台の厚みが違ってくるように思います。
玉岡さん、この度は大変勉強をさせて頂きました。この場をお借りしてお礼を申し上げます。ありがとうございました。