第661回 「めもあある美術館」
9月5日
私が小学生の頃、「若葉」という学校文集がありました。本が好きだった私は、そこに載っているみんなの感想文や作文を読むのが楽しみでした。
2学期に出される「若葉」に決まって載っていた多くの感想文が、「めもあある美術館」についてのものでした。最初、「何だ?このヘンテコな平仮名の言葉は?」と不思議だったのですが、いくつも読んでいく内にどうやら6年生の国語の教科書に掲載されている物語らしいとわかりました。毎年多くの上級生が、その文章に心を動かされているのを見て、「早くこの物語を読んでみたい」と思ったものでした。
やっと6年生になり、念願の「めもあある美術館」を読めたのですが、不思議な童話でした。
「ぼく」は兄弟げんかの末、かあさんに怒られ家を飛び出します。あてずっぽに歩くうちに、暗い古道具屋の片隅で 死んだおばあちゃんの油絵に出会い、衝撃を受けます。その絵に描かれた自分しか知らない場面を思い出していると、まるで自分が描いたような気もしてくるのでした。
そこにのっぽの男が現れ、その絵を買っていきます。「ぼく」がその男の後をついて行くと話しかけられ、「めもあある美術館」に招待されます。その美術館とは…。
誰しも自分だけの名札のかかった扉の向こうに、人生の1シーン1シーンを切り取った絵が飾られているんだと心が躍り、じゃあ自分の扉の向こうには、どんな絵が飾られているんだろうと小学生は想像をたくましくしたものでした。それらが「若葉」に載っていた感想文たちだったのです。
この「めもあある美術館」の不思議な読後感とぴったり合った幻想的な挿し絵が大好きで、ずっと心の奥に残り続けていました。最後の、地平線に伸びた真っ直ぐな道が、忘れられません。
先日、ふと「めもあある美術館」のことを思い出し、現代ならではのパソコン検索にかけてみたのです。
すると、色々なことがわかりました。東京書籍の「新しい国語 6上」(小学六年生用)に、昭和43年~54年まで10年ほど掲載されていたこと。
作者は大井三重子さん。驚いたのは、かつて大好きだったミステリー作家の仁木悦子さんの本名だったということ!童話作家からスタートなさっていたんですね。江戸川乱歩賞を受賞した「猫は知っていた」を初めとする明るい推理小説の作風が好きで、今でも当時の仁木悦子さんの本が20数冊残っています。
書庫でそれらを探していると、なんと「若葉」も1冊だけ残っているのを見つけました。残念ながら「めもあある美術館」の感想文は載っていませんでしたが、1971年(昭和46年)のものですから、これも貴重な記録です。
「めもあある美術館」は復刻版の童話集「水曜日のクルト」に収められ販売されていることがわかりました。きっと多くの方々からの復刊の要望が寄せられたのでしょう。感謝しつつ、早速購入して読みました。
さいごの絵といいましたが、額ぶちは、このさきにも無数にかかっていました。が、それらのなかは、まだなにもかかれてなくて、まっ白なのでした。
この文章から、「あなたたちの未来はまだまっ白で、これからその額縁に絵を入れていくのよ」という優しい作者のメッセージが見えるようでした。わずか16ページでしたが、40年ぶりにその世界観にどっぷりと浸り、「ぼく」になりきって 特別な追体験をしました。子どもの頃の気持ちに戻れて、とても懐かしかったです。
「めもあある」って英語でもないし、何なんだろう?とずっと不思議だったのですが、フランス語の「メモワール」(思い出)だったのですね。
「新版 水曜日のクルト」(偕成社文庫、700円+税)はアマゾンで、こちらのページから入手できます。
実は、さらに驚いたことに「めもあある美術館」のサイトもあったのです。
「もう一度このお話を読んでみたいというかたはご連絡下さい。 昭和50年代後半のものですが、教科書のコピーなら差し上げられます。」
現代において、もうこれこそが童話の世界みたいで心が躍りました。
メールを出してみましたが、はたして、どうなるでしょうか?
小学生に戻ったような気持ちで、ウキウキして待ってみます。(笑)