第796回 「Z音」
4月20日 中村 覚
スーパーの駐車場でのことです。自分の車より少し大きい車が前方から来ます。運転手が年配の男性というのもあり、先に道を譲りその後を追うように私も同じ方向へ曲がります。駐車して歩いていると「すみません、これ ヴィッツよねえ?」と声をかけられました。見ると、さっきの車のおじいさんです。けっこう背中も曲がり、年齢は80歳ぐらいでしょうか。
急に声を掛けられ「(あんたの車は)ヴィッツよねえ?」と言われると、一瞬 頭が「?」に・・・。 まぁ その通りなので、「あぁ そうですけど。」
「実は(自分が)次に買う車をヴィッツにしいや言うて、娘が勧めるがよ。小そうて良いき言うて。わしもヴィッツやったら、買いやすいき、えいがよ。」
「けんどね、息子はヴィッツなんか買うたら、自分が運転する時に窮屈やき、どうせなら大きな車を買いや、言うがよ。」
息子さんは身長が180cmぐらいあり体格が良いそうです。
話を聞いていると、おじいさんはもう免許を返すので その後は運転を娘さんや息子さんに頼むのだそうです。そして その頻度はどうも息子さんの方が高いようで、だからこそ 次 買う「車」がネックになっているみたいです。
おじいさんが今 乗っているカローラはもう寿命とのこと。
ちょっと顔をしかめながら「ヴィッツはどうやろうかね?」と運転席に腰をかけた際の座高などを気にしている様子。
「ちょっと乗ってみますか?」と聞くと、「わしが乗ってもしょうがない。 息子が乗って どうなのかが問題ながよ。」
確かにそれはおっしゃる通り。こうなると、何て言葉がけをしていいのか・・・。
心底 迷っている様子で「すまんねぇ、足止めたね。」「もう車の事を考えよったら、エズラシー。」
「いえいえ・・・どういたしまして。」と頭を下げ別れたものの、思いがけず、なつかしい気持ちになりました。「エズラシー」という言葉を久しぶりに聞けたからです。祖母が生きていた頃、たま~に言っていました。このおじいさん同様、ちょっと考え事などをして簡単に答えが出ない時などに、「エズラシー」とこぼしていました。
「えずらしい」は土佐弁です。困惑した状態で、つらい・せつない思いをして、そのためにわずらわしいという気持ちが加わっている時に使うようです。でも今は、めったに使われません。
似た言葉で「エズイ」というのもあります。冷酷な・むごいことをするのを「えずいことをする。」そんなことをする人を「えずい人」。
また「ズツナイ」というのもあります。苦しい、つらいの意味です。「おーの、ずつない」と言うと、体がつらい実感がこもっています。
どれもネガティブな言葉ではあるのですが、生活感がこもっているところが好きです。そしてezurasii、ezui、 zutunai 、3つともなぜか「Z」音が含まれていて、言葉の雰囲気を音でも表現しているようで、方言の奥深さが面白いなと思います。