第1002回 「ご縁の不思議」

4月23日           中村 覚

以前、看護学校に仕事で行った時のことです。担当の教員の方に最初にお会いした時、「昔、小鹿園(現・療育福祉センター)に勤めていました。」というお話がありました。以前 コラムで書いたのですが、私も子供の頃、子鹿園で約4年間の入院生活を送りました。

4才で、親元を離れての病院での共同生活。同じような年頃の子どもがそれぞれの障害を持ち、6人部屋で寝食を共にする。~と話せば長くなるのですが、自分の中ではちょっと特別な経験、と言うか二度としたくない経験です。(笑)

お世話してもらう側とお世話する側、立場は違っても小鹿園の生活を知っている人と、まさか30数年経ってから会うとは思いませんでした。話は更に進んで、 その方、当時、入院していた 子供だった私の事を覚えているとのこと。そりゃ ビックリです! でも子供だった私には、この方の記憶はありません。

知っている者同士の再会なら思い出話に花も咲くでしょうが、そうはなりませんでした。でも、パチンッと、俗に言うパズルのピースが1個 はまったような気がしました。この方と会ったことで、幼少期の体験は自分にとってはやっぱり意味があったんだなぁと、再確認したのだと思います。

去年の話です。これも仕事で福祉関連の学校に行った時のこと。授業の一環として体育館に移動して様々な体験を学生たちにしてもらいます。その際に数個の机と椅子を教室から体育館まで運んでもらいます。この時役割に対して挙手をしてもらい、自発的に運んでもらっています。そして体育館での授業が終われば、持ってきてもらった机や椅子は、また各々で教室まで運んでもらいます。ちょっと面倒な役割ですが、毎年 学生達は積極的に手伝ってくれます。

~で、体育館から教室に戻る際に、ちょうど机を運んでくれている学生が横を通ったので「ありがとうございます。」と声をかけると、ニコッとして「どういたしまして」というような気持ちの良い返事をしてくれました。

その後、教室に戻ってレポートを書いてもらい、一人ずつ手渡しで受け取ります。先ほどの体育館で声をかけた学生からレポートをもらった時に「先生のこと、私のおばあさんが知っていると言ってました。」と。

「えっ、えっ、どういうこと?」思わず提出してもらったレポートの名前を確認します。すると20代の頃にお世話になった方の苗字だったので、「あぁっ、お孫さんなんだ」と。最初の授業のレジュメを家で開いている時に表紙に写っている私の顔を見てわかったとのことでした。そう言えば、お孫さんが生まれた時に会わせてもらったことを思い出しました。

と言うことは今、目の前にいる子がまだ赤ちゃんだった頃を私は知っていることになります。あの赤ちゃんが、今、二十歳前後の大人になって目の前にいる。時間の経過とはそういうものなのでしょうが、不思議でなりません。一体何%の確率で再会したのかと…。また1つパズルのピースがはまったような瞬間でした。

ある時期に出会った人と、長い時間が経過した後、思いもよらない場所で再びまた会う確率。もちろんそれは「0」ではないでしょうが、もうこうなってくると確率の問題ではなく、最初から組み込まれていたの? そんな気持ちになります。

あと何回、こんな不思議な経験ができるか わかりませんが、これって、20代の時には考えもしなかった人生の醍醐味の一つなんだろうなぁと、一人悦に入ってます。