第1030回 「ギリシアの哲学者、エピクロスさん」

11月3日          中村 覚

突然ですが、紹介したい人物がいます。古代ギリシアの哲学者、エピクロスさんです。プラトンやアリストテレスと並ぶ人物だということです。プラトンやアリストテレスと言えば、ちゃんと覚えていないとテストで点数が取れなかったような「超」の付く有名人。

ところが、ことエピクロスさんに関しては今回、初めて聞く名前でした。(私が勉強不足なだけとも言えますが。)ちなみにエピクロスにだけ「さん」を付けているのは、本を読んで親近感が出たからです。(笑)

このエピクロスさん、紀元前341年に誕生~とネットに書いてありましたが、昔過ぎて、10年や30年、いや100年の誤差があったとしても一向にかまいません。それぐらい昔々の人です。胸像の写真なんかもありましたが、文章を読んで勝手にイメージしたお顔とだいぶ違っていたので、自分でちょっと描いてみました。こうするとより親近感も湧きます。(笑)

エピクロスさんのことを知ったのは、「グランゼコールの教科書」という本をわかりやすく要約している文章を読んだ時のことです。その中で約10行にわたりエピクロスさんの事が書かれていました。これがシンプルでわかりやすく、珍しく読後も頭にちゃんと残ったのです。(笑)

エピクロスさんは「幸福」とは心の動揺の不在。大まかに言えば、心の安定でしょうか。その安定と対極にあるのが、心の動揺です。その動揺の元になるのが、人が誰しも持つ「欲求」。その欲求を大きく3つに分けたのです。

①自然で必要な欲求。(例:喉が渇いた時に飲みたいという欲求。)
②自然だが不必要な欲求。 (例:豪華な食事。)
③自然でも必要でもない欲求。 (例:名誉、栄光)

この内、満たすべきなのは、①自然で必要な欲求のみ。
その他のものは心の動揺を引き起こすだけだと説いたのです。

(便宜上、3つの欲求に数字を書きましたが、原文にはありません。)

エピクロスさんの言ってることは、シンプルでわかりやすいかと。
似たようなことを洋の東西を問わず、歴史上の人物、現在を生きる人も言っていると思います。でも、話を聞いたり、本を読んだ後に「あっ、そうそう。そういうことだったよねぇ。」と思い出せることが大事かなと。
その意味で、エピクロスさんの表現は覚えやすいと思いました。

~とは言うものの、たまにはちょっと贅沢な食事。いつもよりはおいしいデザート。人前で「それ 知ってるよ」「それ 食べたことあるよ!」と聞かれもしないのに、ついつい言いたくなってしまう。そんなこんなも全部ひっくるめての自分自身。でも気持ちのどっかでちゃんと軸足は「自然で必要な欲求」に置いてある。

これ、理想です。(笑)