学校に着くと、空き教室でA先生とB先生が二人がかりで、涼歌を「指導」している最中だった。聞くと、朝のリハビリの時にA先生が「これを20回やっておきなさい」と課題を出して、その場を離れた。その後C先生が彼女に「終わった?」と聞くとまだ途中なのに「終わりました。」と答えたそうだ。そこへA先生が帰ってきて、「まだ終わってないでしょう?嘘をついたね!」ということだったらしい。
驚いた。申し訳ないが、それって仕事中の親を「すぐ来てください!」と呼び出さなきゃいけないことなのだろうか?
しかも、二人の先生の言葉は叱るうちにどんどんエスカレートしていった。
「嘘をついたらいかん、ってあれほど言ってるのに、なんでわからんの!先生は情けない」
「嘘つきは泥棒の始まりだよ。」「いや、泥棒より、もっと悪い!」
「こんなことしよったら、刑務所入らんといかんなるで!」
障害のある彼女はスムーズに言葉や言いたいことが出てこない。そこを二人の先生に責め立てられて、ますます何も言えなくなり、泣いていた。
「どうして、そんな嘘をついたの?」と私が聞くと、「早く芸術鑑賞会に行きたかったから…。」
そう、この日は楽しみにしていた劇が学校に来る日だったのだ。そうだったのか。ただ単に、早く見に行きたくて口を滑らしてしまったのだろう。
確かに、嘘をついたのは彼女だ。だが、一般の中学3年生なら、この程度の嘘は珍しくないだろう。
「嘘つきは泥棒の始まり」とは確かによく使う言葉だが、人を傷つけた訳でもないのになぜこんな嘘が「泥棒より、もっと悪い」のか?その上、「こんなことしよったら、刑務所入らんといかんなるで!」
という言葉。これは明らかに人権上、問題のある言葉ではないか。こんな言葉を平気で障害児にぶつける養護学校の先生方の指導法に、私は疑問を感じた。しかし、もともと原因を作ったのは我が子であるため、この時も何も言えなかった。
A先生とのトラブルは今に始まったことではなかったが、B先生までが一緒になってこんなことになっているとは…。
しかしこれ以降、B先生は急速にA先生寄りになっていく。
やがて3学期になると、B先生担当の教科(国語)の授業の指導法にも、疑問を持つようになった。1週間の内、4時間国語の授業があったが、ある週の連絡帳の記述はこうなっている。
「黒板の前でずっと待っていましたが、教室のまん中で電動車いすを止めてなんと電源を切り『うんうん』とうなっています。『どーしたの?』と聞くと『コクゴデス』『どこでするんかねえ』と言うと椅子も机もブルドーザー状態で突っ込んできます。詩を書く予定でしたが、残念、タイムアップ!」
「本当は話し合って文を書きたかったんですが導入から大きくずれてしまい、『ありがとう』は言わされるものか、言いたくなるものかの議論をしました。彼女曰く『言わされるもの!』と断固として言い張ります。『それは違うろう』と言っても『言わされるもの』だそうです」
「始める前に(高等部の)『願書出した?』と聞くと『出してください』と言うので、『○○君は自分で出してきたよ』と答えると『出してきてください』と言うので『自分で行っておいでよ』と言うと不満げな顔。でも、ちゃんと事務室に行って出してきました。丁度1校時使いました」・・・
…うーん、これで国語の授業と言えるのだろうか?大きな疑問だった。(私も中・高の国語教員の資格は持っている。)電動車いすで教室の所定の位置に着く、自分で書類を提出させるなどの自立心を養わせるのも確かに大事だろうが、それは国語の授業をまるまる潰してまでやるべきことなのだろうか?
「“ありがとう”は言わされるもの?」については、このWEEKLY N 第16回でとりあげたこともある。「ありがとうを言わされている」ということへの指導は、「なぜそう思うのか?」という問いかけから始まるのではないだろうか。「それは間違いだ」とただ考え方を変えるように強要しても、納得しないのは当然だろう。そういった指導では、問題解決をはからずに、問題対処ばかりになってしまう。嘘をついたことをただ叱るだけなのも問題対処だろう。
最近、ビジネスでもこの「問題解決と問題対処」については大きく注目されるようになった。たとえば「店で買ったタマネギが腐っていた」とのクレームに、お詫びして別のタマネギを渡す(問題対処)。しかし、もし保管場所の温度管理が悪かったら、いくらでも同じクレームが来るだろう。つまり問題の根本(温度管理の悪さ)を解決しなければ、本来の解決にはならないのだ。
教育は人間を育成するものだ。正論と同時に「心の教育」、子供の心を思いやる・気持ちに添った上での指導、ということが大事なのではないだろうか。そういったことができない先生とマンツーマンで向き合うのは、私なら耐えられなかっただろう。「しんどかったら学校へ行くの、休んでもいいよ」と声をかけたのは、後にも先にもこの時だけだ。
しかし彼女は「私、スクールバスに乗りたいから、学校へ行く!」と答えた。本末転倒だが、この時の彼女を支えていたのは、「学校はしんどいけど、スクールバスで大好きな介助さんと話したい」という一念だった。捨てる神あれば拾う神あり。小学1年の頃から、変わらずに陰でずっと支えてくださった介助さん方には、どんなに感謝してもしつくせない。親子とも介助さん方に特別の思い入れがあるのは、そんな訳なのです。
(「すずかの気ままにDO!スクールバスの同窓会」)
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