急いでホームページを開いてみる。「訃報」の文字。天野さんは大腸ガンだったらしく、7月1日に脳内出血で亡くなられたそうだ。あまりにショックで、信じられない。信じたくない!…放心状態。現実が、息苦しさを伴って襲ってくる。彼女もずっと電話で泣いていた。
哀しみはカウンターショックのようだった。せっかく3年前復活して、今年新しいCD「水のせいだったんです」やアルバム「Radio
days」も出して、これから本格的な復活!というところだったのに…。まだ52歳。早すぎる。早すぎるよ、天野さん!!涙が止まらない。
3月の渋谷公会堂でのコンサートのあと、入院して、その後退院したと聞いていた。コンサートでも「視力が殆どなく、目の前にある譜面台の歌詞も見えない状態」と話し、曲を何回かやり直したりしたと聞いて、糖尿病だろうか?と思っていたのだけれど。まさか、ガンだったなんて…。
私にとっての天野さんは、高校時代からの無二の親友のようなものだった。
悲しい時、嬉しい時、いつもそのメロディーに励まされ、30年間ずっと人生を共に歩んで来た。16年という長い活動休止期間を経て、復活した3年前。知り合った全国各地のNSP友達。そして最前列で見た、去年の高知でのコンサート。私にとっては、あれが最後のコンサートになってしまった。本当は長女も行くはずだったのに、直前に喘息を起こし彼女は行けなくなってしまった。
「天野さんが亡くなった」と聞いて、長女は「私も、大ファンだったのに」と一緒に泣いてくれた。翌日のデイサービスでも、思い出して1時間も泣いてしまったらしい。職員のSさんが電話で教えてくれた。「養護学校で、友達がある日突然亡くなった時のことも思いだして、とても悲しかった…。人が亡くなるのは本当にいやだ」と泣いていた、と。そうだよね。まだ18歳だけど、あなたは命や生きることをよく知っているものね。
復活コンサートでの、「この3人がNSPです」って言葉は、もう二度と聞けない。…たとえ再起不能になってもいい、天野さんにはもっと生きていて欲しかった。神様はわざと、才能ある人を早く召されてしまうのですね。
ブロードバンド放送では、その日、天野さんの追悼としてNSP特集を3時間やっていた。全国からの大勢のファンの「信じられない」という嘆き、哀しみの想い。スピーカーからは、天野さんのいつもと変わらない歌声が流れてくるのに。
モニターでは、天野さんがにこやかに笑いかけているのに。
眠って、起きて、誰かと話して。私の生活自体は、何も変わるわけではないのだけど。…頭の中で、ずっと天野さんの歌声がエンドレスに回り続けている。透明感のある、いつまでも少年の憂いを秘めたあの、どこか悲しげな声。
もう、あの人はいない。
もう、あの人はいないのだ。
私は今、あんなに愛したNSPを どうしても聴けないでいる。